【短編小説全10話】第4話:窓辺の指定席


1.

昼前、カーテンを開けた。
強い光じゃない。薄くて、冬の名残を引きずった光。

窓ガラス越しに、外の空気が少しだけ動いているのが分かる。
雲が流れ、電線が揺れ、遠くで車の音がする。

世界は、ちゃんと続いている。


2.

窓辺に置いた毛布は、そのままだ。
畳み直したあと、一度も動かしていない。

ハルの指定席。


誰かが決めたわけでもないのに、自然と決まった場所。

午後になると、そこだけ少し暖かくなる。
ハルは時間を見ていたわけじゃない。
でも、気づくと必ずそこにいた。


3.

私は毛布の前に立ち、少し迷ってから腰を下ろした。
座るつもりはなかった。
でも、足が止まった。

思っていたより、窓辺は低い。
ハルの目線に近い高さ。

外を見る。
特別な景色はない。
いつもの住宅街。

それでも、ハルはここが好きだった。


4.

何かを見ていたわけじゃない。
ただ、光の中にいるのが好きだった。

私は手のひらを毛布の上に置いた。
まだ、少しだけ暖かい気がした。

気のせいだと分かっている。
分かっていても、手を離せなかった。


5.

午後の光は、ゆっくりと移動する。
窓枠の影が、床を少しずつ横切る。

その動きを、私はじっと見ていた。
何もしていないのに、時間が進んでいる。

ハルがいた頃は、
この時間に眠っていた。


6.

丸くなって、呼吸だけを残して。
起こさないように、音を立てずに動いた。

起こさなくてもいいのに。

今は、気をつける相手がいない。
それが、少しだけ寂しい。


7.

スマホが鳴る。
仕事の通知。

一瞬、無視しようかと思った。
でも、画面を開いた。

短い用件。
すぐ終わるやり取り。

返信して、送信する。
それだけで、少し疲れた。


8.

疲れたことに、気づけた。
それが、前とは違う。

窓辺に戻ると、光の位置が変わっていた。
毛布の半分だけが、明るい。

ハルは必ず、その明るい場所に体を寄せた。
少しずつ、少しずつ。


9.

まるで、光と一緒に移動しているみたいだった。

その様子を思い出して、ほんの少しだけ口元が緩む。

すぐに、罪悪感が来る。


でも、今回はすぐには消えなかった。


10.

窓を少し開ける。
冷たい空気が入ってくる。

ハルは、この瞬間によくくしゃみをした。
小さく、でもはっきりと。

それを聞くのが、好きだった。


くしゃみのあと、何事もなかったような顔をするところまで含めて。


11.

私は思い出して、
声に出さずに笑った。

笑ったことに、少し驚いた。
笑ってしまった自分を、責めなかった。

窓を閉める。
部屋に、また静けさが戻る。


12.

夕方になると、光は弱くなる。
指定席は、ただの窓辺に戻る。

ハルはその頃になると、もう一度だけ場所を変えた。

ソファか、私の膝。

今日は、どちらも空いている。


13.

私はソファに座り、無意識に、隣を少し空けた。

空けたまま、テレビをつける。
内容は、ほとんど頭に入らない。

それでも、音があるだけで、
部屋が少しだけ賑やかになる。


14.

夜、カーテンを閉める。
昼間の光は、もう残っていない。

窓辺の毛布を見て、
私は一度だけ立ち止まった。

触れなかった。
ただ、そこにあることを確認した。


15.

指定席は、空いたままだ。
それでも、消えてはいない。

誰もいない場所が、
誰かの居場所だったことを覚えている。

窓の外で、遠くの車が走る。
時間は、今日も進んでいる。

私はそれを、
少しだけ受け入れられた気がした。

第5話へ続く・・・

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